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column 
 店主のおぼえがき

  テキスト ボックス: 吾輩はコレクターである
といえば夏目漱石。漱石は安井曽太郎と斉藤与理の作品を所蔵していた。そのことは芥川龍之介が一九二〇年に「漱石山房の秋」の文章の中に書き遺している。
明治四三年(一九一〇年)に多量の吐血をし、人事不省になった「修善寺の大患」の翌年、大正元年に第六回文展を評論した「文展と芸術」を東京朝日新聞に一二回連載した。総枚数一一〇枚の美術評論の力作である。
冒頭に「芸術は自己表現に始まって自己表現に終わるものである」との自己の表現者としての心情を吐露している。取り分け強調しているのが「表現は個性的でなければならない」との自己の創作体験から得た確信である。
しかしそれだけでは独りよがりに陥りやすいので客観物としての創作物は具眼者の評価を受けなければならない事と念を押すのも忘れてはいない。
ただ、評価の判定は頗る難しいものであり、展覧会で落選した作品の公正な評価を広く求めるために落選した作品の展覧会を行うべきだとの主張もしている。今日でも傾聴すべ
テキスト ボックス: き漱石の卓見である。
落語好きだった彼は展覧会評で次のようなオチ話を書いている。
「この恐るべき群衆は、皆、絵画や彫刻に興味があるのだろうかという質問を掛けた。友人はさあと言って逡巡してみたが、ダイイチ、そういう我々は解る方なんでしょうか、解らない方なんでしょうかと聞き返した。自分は苦笑して黙った。審査の結果によると、自分の口を極めて罵った日本画が二等賞を得ている。自分の大いに誉めた西洋画もまた二等賞をとっている。して見ると、自分は解るようでもある。又 解らないようでもある。それを逆にいうと審査員は画が解らないようでもある。又解るようでもある。」
因みに第六回文展の西洋画部門二等賞(一番上位)は 小杉未醒と南薫造。三等賞は佐藤哲三郎、辻永、池田滋三郎。
 この文章は関根氏のご教示により書いたものです。
多謝ゝゝ。