赤松俊子
1912(明治45)年、北海道雨竜郡秩父別村に生まれる。上京して女子美術専門学校で油絵を学ぶ。1937年二科展に初入選。以後出品を続ける。1941年丸木位里と結婚、丸木俊となる。位里の両親が居た広島の原爆投下の惨状を見て「原爆の図」が夫婦の
ライフワークとなる。また童画、絵本も制作している。2000年87才で逝去。