林 倭衛 はやし しずえ 略歴

1895(明治28)年  長野県小県郡上田町に生まれる
1908(明治41)年     小学校を卒業して上京する
1911(明治44)年   働きながら木下藤次郎主宰の日本水彩画研究所夜間部に入所
1916(大正5)年  二科展初入選
1917(大正6)年  樗牛賞受賞 後援会ができる 有島生馬を知る
1918(大正7)年  「H氏肖像」などで二科賞受賞
1919(大正8)年       大杉栄をモデルにした「出獄の日のO氏」制作
1920(大正9)年  神田神保町兜屋画堂で初個展
1921(大正10)年   クライスト号で渡仏
1923(大正12)年   大杉栄 9月の関東大震災の混乱の中で憲兵隊によって絞殺
1928(昭和3)年   長女聖子生まれる。12月にフランスのエクス地方に赴く
1931(昭和6)年       春陽会に出品
1934(昭和9)年    春陽会を脱退
1936(昭和11)年   国画会展に出品
1941(昭和16)年   浦和市別所稲荷台に画室をつくり両親と共に住む
1942(昭和17)年   北京に写生旅行に行くが体調悪化で帰国
1943(昭和18)年   日動画廊で野間仁根、熊谷守一と日本画展を開く                      野尻湖畔で「暮色」制作
1945(昭和20)年   1月26日急死 享年50歳

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林倭衛とその周辺   小崎軍司

「名作とか傑作とか言われる絵画は、限られた画面の枠の中にその絵が描かれた時代を塗りこめているものです。 …… 林倭衛の作品の何点かも描かれた前後の時代をくっきりと描きこんでいます。1918年に二科賞を受賞した「H氏肖像」にしても翌年に二科会に出品して警視庁から撤回命令が出された「出獄の日のO氏」にしても、第一次世界大戦がヨーロッパで戦われ,ロシアに社会主義革命が起こり共産党による初の政府ができた時代に生きた人たちの思想的な苦悩とか不安、その人の性格、知、生きている社会環境など諸々の要素を読み取ることができます。

H氏のモデルはアナーキストの久坂卯之助という人です。明治10年京都に生まれ,中学を出て牧師になろうと同志社に入ったのですが、宗教で人間を救えるだろうかと言う疑問につき当たり、中途退学して上京し「労働青年」という教養雑誌を発行したのがきっかけでアナーキスト集団に加わり「キリスト」というニックネ-ムで呼ばれておりました。 ……

林倭衛はこの作品の受賞で自信を得たのでしょう。続いて近代日本の人物画の代表作の一点として有名な「出獄の日のO氏」像が描かれます。モデルの大杉栄は名古屋陸軍幼年学校を追われ、キリスト教の洗礼を受けたのち東京外国語専門学校に入学し学生の頃から平民社の研究会に出席し反体制運動をするようになります。当時はそんな社会主義、無政府主義者など、天皇制の支配を批判したり非難したりする人は危険人物とされて尾行巡査がつき日常を監視されました。わが林倭衛にも尾行巡査がついた時期があり、倭衛は写生に出かけるときなど巡査が画材の一部を持ってくれたから都合がよかったなどとのんきなことを書いております。 (略)

小学校を卒業した林倭衛は1908年に上京し本屋の店員、印刷会社の使い走りなどいくつかの職業を経験しながら日本水彩画研究所に通い始めます。そんな生活の中で久坂卯之介とか大杉栄らを知り、彼らのあたたかさに惹かれ、「平民新聞」や「労働青年」を配ります。そんな生活をしながらの初入選です。うれしかったにちがいない。 
(略) 

192512月から翌年2月にかけて南仏エクスに出かけ、セザンヌが最晩年につかっていたアトリエを借り、そこで「無題」「裸婦」や周辺の風景画を制作します。帰国すると春陽会に属します。28点の滞欧作は大変な評価を受け、画壇の新星として再び脚光を浴びました。

晩年は日動画廊での個展で彼の作品はよく売れたそうです。個展を開くと梅原龍三郎は一回も欠かすことなく会場に足を運んだと日動の長谷川さんが回想記に記しています。「暮色」などは澄んだ空気の動きが感じられる新しい画境を予告する油彩です。しかし昭和20126日に50歳で昇天してしまいます。そして追っかけるように日動の長谷川さんの倉庫にあった作品50点も43日の空襲で焼けてしまいました。画家の命が失われても精魂を傾けた作品だけは残って欲しかったと思うのですが、そんなことはおかまいないのが戦争というものでしょう。

純粋というか、生まれたままのよどみない心で描かれた作品です。色があたたかいがひどく寂しい感じの出た作品もあります。画家の人柄がにじんでいます。少ない作品を大切に保存していただくよう祈っています。」

 

(故小崎軍司氏の原稿の写しから抜粋して掲載しました。)


    
      林 倭衛  写真       東御市梅野記念絵画館 刊行2015年


 
     
    海辺風景  油彩・キャンバス 23.5×32.8 1930年