第46回画楽市

 №  作品  作者と作品について
 1  寺田政明 「花」  1912~1989 主体美術協会を森芳雄と創立。これは自由美術協会展の出品作。
 2  平野 充「抽象」  ひらのみつる 1929年水戸市生まれ。1964年 自由美術協会展に初出品(以後、5回出品)
 3  杢田たけお 「コンポジション」  もくたたけお 1910~1987 兵庫県豊岡市出身。日本美術学院卒。独立展独立賞〔昭和22年〕戦後は前衛的な活動を展開。
 4  三上 誠 「抽象」  みかみまこと 1919~1972  福井県出身。京都市立絵画専門学校卒。25歳勤労学徒となり,この時期の過労が原因で後年肺結核を発病する。昭和24年同人と日本画の革新を目指す、「パンリアル宣言」を出し、パンリアル美術協会を結成。昭和27年4回目の肺結核の手術で11本の肋骨を切除し,療養のため福井に帰郷。昭和30年第1回パンリアル東京展に出品、作家活動を再開。昭和44年第3回これが日本画展に出品。昭和45年に肺結核を再発。翌年52歳で逝去。同志、星野真吾とともに戦後新しい日本画創造の理想を追求して独自の芸術世界を築く。この作品は段ボールを使って画面の新しい質感という造形的な効果を狙っている。晴れやかな気分にさせる作品である。
 5  島崎鶏二 「花」 しまざきけいじ 1907~1944  油彩画の画題に不向きなツツジ、菊などを堅牢な画面に描き,独自の画風を確立する途中で事故死する。この作品は彼が目指した「日本画風の洋画」の世界を現出している。
 6  澤田哲郎 「群像」  1919~1986 盛岡市出身。昭和13年上京し、文化学院や川端画学校で学ぶ。
第25回二科会展初入選、以後出品を続ける。昭和17年盛岡・川徳百貨店画廊で松本竣介・舟越保武と三人展を開催。昭和33年 春陽会展準会員となる。昭和38年日本国際美術展に出品。ニューヨークで制作活動を始める。
 7  高畠達四郎「家族(2)」  1895~ 1976 1922年から7年間滞仏。エコールドパリの影響を受ける。 独立美術協会会員。毎日芸術賞受賞。
 8  阿部展也 「人物」  あべのぶや 1913~1971 戦前戦後にかけてのシュールレアリスムの先導者。国内外で美術活動を展開した。
 9  田島征三 「バッタ」  絵本作家として有名。環境問題にも積極的に取り組んでいる。
 10  丸木俊子 「芍薬」  1912~2000 油絵具を幾重にも重ね、執拗に対象と向き合う態度が伝わってくる労作。
 11  四谷十三雄 「ビン」  1938~1963 工員として働きながら絵を描き続ける。1962年銀座で初の個展の予約を取るが、翌年25歳で交通事故で亡くなる。多くの支持者により遺作展が開催された。             「私はこの口から息ができなくなるまで絵を画けるだけ画くことを神に約束する」 ― 作者の言葉
12  四谷十三雄 「顔」  
 13  原 精一 「女性像」  1908-1986 作者の最も油ののった壮年期の傑作。
 14  峰村リツ子 「静物」  1907-1995 1928年に太平洋画会に出品した初期の代表作。
 15  喜多村 知 「能生」  90歳まで自己の画業を追求して天寿を全うした。80歳を過ぎた頃から自由自在の境地に到達。この作品は83歳の時描かれたもので、それをよく証明している逸品。
 16  間部時雄 「海」  1885~1968 浅井忠の助手を務め、のちに関西美術院で活躍。大正9年~14年まで渡仏。スケッチ版の油彩画を大量に描く。またフランスで銅版画の技法を学び日本銅版画の発展に大きく寄与する。この作品は浅井忠の影響を脱し、画家独自の伸びやかな画風となり、清々しい。
 17  北園克衛 「筆」  きたぞのかつえ1902~1978 大正期から昭和初期にかけ前衛詩、詩文化の中心で活躍した著名なモダニズムの詩人。グラフィックデザイナー、イラストレーター、編集者と多岐にわたる才能を発揮した。2002年に生誕100年のイヴェントが開催され,氏のアートや写真が多方面の若い世代に注目され今日まで続いている。
18  野口弥太郎 「紅葉」  1899~1976 独立美術協会で活躍。洗練された色彩感覚と大胆な構図の作品は今なお根強い人気がある。紅葉が軽妙なタッチで描かれている。
 19  恩地孝四郎「関東大震災」  1891~1955 東京に生まれる。東京美術学校西洋画科に入学、一時彫刻科に転じ、のち中退。版画家として著名だが油彩画も遺している。文藝春秋社 菊池寛の旧蔵作品か?
 20  坂下広吉「横浜西平沼橋」  1979.81.83.85年に現代画廊にて個展。                  「坂下広吉自身が一種のメルヘンの人物なのだ ―― 人魚を見た人」 洲之内徹の言葉。
 21  今西中通 「裸婦」  いまにしちゅうつう 1908~1947  この作品は25歳の模索期の作品でピカソの影響が色濃い。独自のキュビズムを追求して独立美術協会で活躍したが38歳で逝去。
 22  長屋 勇 「伊豆風景」  1893~1961 山口県出身。東美卒。大正13年商工省海外実業練習生に命ぜられ渡仏、西洋画並びにポスターの研究をし、昭和2年まで、ベルギー、オランダ、ドイツ、イタリア、スペイン等に遊学。帰国後は帝展で活躍。戦後は日展、新日展に出品。昭和30年大久保作次郎らと新世紀美術協会を結成し中心的な存在となる。
 23  伊藤快彦 「風景」  いとうやすひこ 1867~1972  京都出身。1905年関西美術院の創設発起人となり、鹿子木孟郎についで同美術院院長になる。1911年の年記、KAMOEとは鴨江の表記か?強い光線は夏を思わせ,木々の丹念な描写と木漏れ日の微妙な陰影が巧みに描かれている。作者44歳の作品で力がみなぎっている快心作とおもわれる。
 24  林 重義 「果物と野菜」  1896~1944 鹿子木孟郎に師事。大正15年二科賞。フランスから帰国後,独立美術協会創立に参加したが、のち脱退。西洋画の影響を脱し、岩絵具を使い、独自の《新日本画》を目指す。この作品は1935年頃の作品で、三宝柑など身近なものを題材にして新機軸を打ち出した意欲作。
 25  草光信成 「裸婦」  くさみつのぶしげ 1892~1972 昭和2年3年と帝展で特選をとる。オーソドックスな画風を貫く。戦前の初期の作品。
 26  作者不詳 「静物」  サインがあるが特定できず、残念。
 27  三宅克巳「伊豆の富士」  1874 -1954 府中市美術館で「お帰り美しき明治」のタイトルで展覧会が開催されている。三宅克巳他、明治水彩画家の評価が高まっている。  
 28  徳永仁臣 「風景」  1871~1936 明治洋画の草創期の画家。明治44年から大正3年に渡欧。大正12年、関東大震災の惨状を描き「異動震災実況油絵展覧会」を巡回し救難募金活動を行う。翌年富山に移住。この作品はその時期に描かれた富山平野から見た白山連峰である。
 29  木内 克 「裸婦」  きうちよし 1892~1977 テラコッタの彫刻で独自の画風を確立。多数のパステル画を残したが、この作品はとりわけ、隅々まで神経がゆき届いた傑作。
 30  小泉 清 「鷺宮の団地」  1900~1962 住んでいた鷺宮の団地をフォービックなタッチで描く。
 31  鈴木誠 「西洋婦人」  1897~1969 大正12年から昭和2年まで滞仏。古典的な画風ながら魅力的な作品。
 32  大橋了介 「ノートルダム・ド・パリ」  1895~1943 昭和2年に佐伯祐三を慕って渡欧。初期の作品には佐伯祐三の影響がみられたが、この作品は独自の平明な淡々とした大橋了介の世界になっている。
 33  島村三七雄 「フィレンツェ」  しまむらみなお1909~1978 昭和4年~11年にかけ滞仏。1966年日動画廊で滞仏小品展があったがその時の出品作。エスプリの効いた秀品。
34  飯田清毅 「横臥裸婦」  いいだせいき 1909~1972 神田生まれ。同志社大学在学中,岡田三郎助、石井柏亭に師事。帰洛し、関西学院に学ぶ。1931年二科展に初入選。以来出品を続け、1939年会友。1942年二科賞.戦後は行動美術協会の創立会員として参加。55年から56年のかけて渡欧。
 35  斉藤与里「知多半島にて」  さいとう より 1885~1959 1924年、大阪美術学校の創立に協力し、教授をしていた時期があったが、この作品は帰京する途中に描かれたもので、明るく軽快で斉藤与里後期の特長がよく出ている。
 36  滝川太郎 「椿」  たきがわ たろう 1903~1971。石井柏亭の書生となり、太平洋画会研究所で絵画を学び、1930年にパリに渡った。 贋作の製作者として西洋絵画の贋作を大量に製作した人物として知られている。
 37  野口弥太郎「挿絵(5点)」  
 38  田辺 至 「語らい」  1886~1968 文展、帝展に出品。日本アカデミズムの大家として活躍。明治から大正期の作品か。男女が何か相談事をしている場面で、女性の後ろ姿がしどけなく、何か訳ありな様子が秀逸。
 39  林 倭衛 「山葵沢」  はやししずえ1895~1945                      この作品は晩年の作品で,謹厳実直に描かれていて珍しい。
 40  中村忠二 「沼」      1898~1974 兵庫県出身。1949年頃から水墨画を描き始め、東京の裏街を哀感を込めて描いた。のちに1枚しか刷れない版画、モノタイプを制作。抽象から具象と多岐にわたる題材を描く。その根底には詩人としての抒情性が漂い、見る人を引きつけ、ファンが多い。                                                                                                                   注.モノタイプ;ガラスや金属に描画して紙に転写する版画技法。
 41  中村忠二 「地蔵に祈る安房の女たち」
 42  中村忠二 「江東風景」
43  中村忠二 「迎暮」
 44  中村忠二 「走る女」
 45  中村忠二 「石油コンロ」
 46  藤松 博 「群像」  1922~1996 長野市出身。東京高等師範芸能科〔昭和20年〕卒。教員生活のかたわら、読売アンデパンダン展に前衛的な絵画を出品。昭和34年渡米。
 47  藤井浩祐 「裸婦」  ふじい こうゆう  1882~1958 東京神田錦町に 生まれ、東京美術学校で彫刻を学ぶ。卒業後、 オーギュスト・ロダンやコンスタンタン・ムーニエなど海外美術の影響を受けながら、 炭坑で働く人々のような労働者を主題にした作品を文展に 発表して注目を集める。  大正5年、日本美術院に同人として加わり、平櫛田中ととも に彫刻部の中心として活動。
 48  陽 咸二「ガマ蟇」  よう かんじ 1898~1935 「サロメ」「支那人の皿廻し」など特異な彫刻作品で異才を発揮した。この作品は昭和7年に制作。《陽咸二作品集》昭和10年刊に掲載されている。よう かんじ 1898~1935 「サロメ」「支那人の皿廻し」など特異な彫刻作品で異才を発揮した。この作品は昭和7年に制作。《陽咸二作品集》昭和10年刊に掲載されている。